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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1284号 判決

原告 二村寛

右訴訟代理人弁護士 土屋公献

同 小林克典

同 中垣裕

同 斉藤則之

被告 須貝秀

右訴訟代理人弁護士 小竹耕

右訴訟復代理人弁護士 鈴木利廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、金八七一万三、二六〇円及び内金三〇〇万円に対する昭和四七年三月四日から、内金五七一万三、二六〇円に対する同年四月一一日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和二六年三月、満蒙商事株式会社から、別紙土地目録上欄1ないし5記載の土地(以下「1ないし5の土地」という。)を買い受け、その所有権を取得した(昭和四六年六月二三日、1の土地は別紙土地目録下欄①及び②の土地に分筆され、2の土地は同目録下欄③ないし⑤の土地に分筆された(以下「①ないし⑤の土地」という。))。

(二) 原告は、昭和二七年二月一二日、被告に対し、4の土地を売り渡したが、その際、右土地が袋地であったため、1及び2の土地の西側三・六メートル(二間)幅の部分(①、③及び⑤の土地に該当する。以下「本件通路部分」という。)を通路として使用することを認めた。

2  原告は、昭和四六年三月五日、阿部謙太郎(以下「阿部」という。)に対し、1ないし3の士地及び同土地上に存する別紙建物目録1ないし4記載の建物(以下「1ないし4」の建物という。)を、次の約定で売り渡した。

(一) 代金 一億三、〇〇〇万円

(二) 手付金は、四、八〇〇万円とし、買主は、右手付金支払いのため、売主に対し、支払期日を昭和四七年四月一〇日とする約束手形を交付する。

(三) 買主は、売主に対し、右約束手形の支払期日まで毎月、日歩二銭六厘の割合による利息を支払う。

(四) 買主は、残代金の内金一、五〇〇万円は二村省三名義の六月の定期預金として、内金一、〇〇〇万円は同人名義の一年の定期預金として買主の取引銀行に預金し、満期までこれを解約しないものとし、更に、二村省三が右金額を限度として銀行から融資を受ける場合、買主において、その利息と右定期預金利息の差額を負担するものとする。

3(一)  阿部は、1ないし3の土地上に阿部が代表取締役である東光自動車交通株式会社の本社ビル、駐車場ビルを建築する目的で右土地を原告から買い受けたが、被告の後記(二)の行為により、建築の確認を得ることができず、その目的を達することができなかった。

(二)(1) 被告は、阿部が前記(一)のビルを建築するため文京区に建築確認申請をしたのを知り、これを阻止しようと企てた。すなわち、被告は、昭和二七年六月ころ、被告所有の4の土地上の工場に動力用電線を引き込む際、文京区に対し、本件通路部分が建築基準法四二条一項三号に該当する道路でないのに、右通路部分は昭和二五年一一月二三日以前から存在する幅員四メートルの道である旨虚偽の事実を申告し、文京区をして、右法条に該当する道路と認定させていたが、同四六年三月五日ころ、文京区に対し、右の認定を根拠にして、建築基準法上の道路に張り出すような建築は許可すべきでない旨申し入れた。阿部が建築を計画した建物は、地上三メートルの高さにおいて幅約一メートルの建物部分が本件通路部分に張り出すものであったため、阿部は、右建物の建築を断念せざるを得なかった。

(2) 被告は、昭和四六年七月一四日、東京簡易裁判所に対し、原告を相手方として、本件通路部分について通行地役権がないのにこれを被保全権利とし、原告と阿部との前記売買の目的物の一部である①及び③の土地を対象とする処分禁止の仮処分を申請し、同日、右仮処分命令を得てこれを執行した。

(三)(1) 阿部は、被告の前記(二)の(1)及び(2)の行為により売買の目的を達成することができなかったことを理由に、前記2の(三)及び(四)の買主の債務の履行を拒絶した。そこで、原告は、昭和四六年一一月一一日、阿部に対し、前記売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、東京地方裁判所に対し、1ないし4の建物を対象とする処分禁止及び占有移転禁止の仮処分を申請し、右申請を認容する仮処分命令を得た。

阿部は、右仮処分命令に対する異議の申立てをするとともに、原告に対し、売主の瑕疵担保責任に基づく六五〇万円の損害賠償請求をした。

原告は、昭和四七年三月三日ころ、前記(二)の(1)及び(2)の被告の行為により阿部が本件売買の目的を達成することができなかった点を考慮して、同人と次のとおり和解した。

(イ) 原告は、前記売買契約解除の意思表示を撤回し、前記2の(三)及び(四)の各債権を放棄する。

(ロ) 阿部は、右を除く売買契約上の債務を履行する。

(2) 被告の前記(二)の(1)及び(2)の行為は、原告と阿部間の売買を阻害し、売主である原告の地位を侵害したものというべきであり、被告は、これによって、原告が被った後記(3)の損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。

(3) 損害額 合計八七一万三、二六〇円

(イ) 弁護士費用      三〇〇万円

原告は、昭和四六年一一月一〇日ころ、弁護士岡昌利に前記(1)の仮処分申請事件及び仮処分異議事件を委任し、同四七年三月三日、同人に対し、着手金及び謝金として三〇〇万円を支払った。

(ロ) 逸失利益  五七一万三、二六〇円

原告は、前記(1)の和解で、阿部に対する前記2(三)の債権を放棄したため、五〇一万六、九六〇円(4,800万円×日歩2銭6厘×402日=501万6,960円)の得べかりし利益を喪失した。

原告は、右和解で、阿部に対する前記2(四)の債権を放棄したが、二村省三は、二、五〇〇万円の融資(内一、〇〇〇万円については期間一年、利息日歩二銭六厘、内一、五〇〇万円については期間六月、利息日歩二銭六厘)を受けていたので、右融資金の利息から、前記2(四)の各定期預金の利息(六ヶ月もの二分七厘五毛、一年もの五分五厘)を控除した六九万六、三〇〇円((1,000万円×日歩2銭6厘×365日)+(1,500万円×日歩2銭6厘×182日)-(1,000万円×5分5厘)-(1,500万円×2分7厘5毛)=69万6,300円)の得べかりし利益を喪失した。

4  結論

よって、原告は、被告に対し、前記3(二)の不法行為による損害金合計八七一万三、二六〇円及び内金三〇〇万円に対する弁済期の翌日である昭和四七年三月四日から、内金五七一万三、二六〇円に対する弁済期の後である同年四月一一日から各支払いずみまで、法定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1(一)の事実のうち、1及び2の土地が原告主張のとおり分筆されたことは認める、その余の事実は知らない。

2  請求原因1(二)の事実は認める。ただし、被告は、本件通路部分について通行地役権の設定を受けたものである。

3  請求原因2及び3(一)の事実は知らない。

4  請求原因3(二)(1)の事実は否認する。同3(二)(2)の事実のうち、被告が原告主張のとおり仮処分命令を得てこれを執行したことは認める、その余の事実は否認する。

5  請求原因3(三)(1)の事実は知らない。同3(三)の(2)及び(3)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、昭和四六年三月五日、売主を中京自動車株式会社、二村伸吾及び二村省三とし、以上三名代理人を原告とし、買主を阿部謙太郎とし、売買の目的物を1ないし3の土地及び1ないし4の建物とする売買契約が締結されたことを認めることができる。

二  右売買契約における売主(売買の目的物の所有者)が中京自動車株式会社外二名であるか原告であるかの点の判断はしばらく措き、まず原告が請求原因3(二)で主張する被告の行為が、右売買契約における売主に対する不法行為を構成するか否かの点について判断する。

1(一)  原告が昭和二七年二月一二日被告に対し4の土地を売り渡したこと及び右土地が袋地であったため、原告が被告に対し1及び2の土地の西側三・六メートル(二間)幅の部分(①、③及び⑤の土地に該当する。)を通路として使用することを認めたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右各土地と前記一の売買の目的物である土地の位置関係は、別紙図面のとおりであることが認められる。

(二)  前記一の売買において阿部が買い受けた土地が①、③及び⑤の土地すなわち本件通路部分を含むことは、右のとおりであり、《証拠省略》によれば、阿部は、1ないし3の土地上に、阿部が代表取締役である東光自動車交通株式会社の社屋を新築するため、右土地を買い受けたこと、阿部が新築を計画した建物は、駐車場ビルを兼ねるものであり、その設計図上、地上約三メートルの高さにおいてほぼ本件通路部分を覆う構造となっていたこと、阿部は、前記一の売買契約締結の日の前後から、右構造の建物の新築について文京区の行政指導を受け、昭和四六年六月二九日、文京区に対し、建築確認の申請をしたこと、右申請を受けた文京区の建築主事が申請に対する応答を留保したため、阿部は、同年八月ころ、東京都の建築審査会に対し、建築主事の不作為についての審査請求をしたが、同年一一月ころ右請求を取り下げたことが認められる。

(三)  《証拠省略》によれば、阿部は、昭和四六年三月上旬から同月下旬の間、本件通路部分の問題を解消するため、被告からその所有する4の土地を買い取る交渉をしたが、双方の条件が合わず売買は不成立に終ったこと、その間、被告は、阿部から、前記1(二)のような建物を建築する旨の話を聞いていたので、本件通路部分の利用について不安を抱き、同年四月から五月ころまでの間数回にわたり文京区役所を訪れ、係員に説明を求めるとともに、本件通路部分にはみ出す建築は困る旨申入れたこと、右建築確認申請の案件が東京都の建築審査会に移った後においても、被告は、都庁に赴き、担当者から事情を聴取し、また担当者から資料があれば提出するよう助言され、戦前からの近隣居住者の協力を得て本件通路部分付近の写真、図面等を提出したことが認められる。

(四)  《証拠省略》によれば、被告は4の土地を買い受けて印刷業を営んでいたが、右土地買受後、数回にわたり右土地上の建物の増改築工事を行い、また、印刷業に必要な動力用電線の引込み工事もしたが、右各工事に必要な許認可を得るための手続は、すべて古賀建築事務所等に委ねていたこと及び原告は、昭和二七年六月ころ、②の土地上にあった建物を④の土地上に移築し、同三九年三月ころ、3の土地上の建物を改築したことが認められる。

2  前記1(三)の被告の一連の行為は、右認定の態様からみて、本件通路部分を通路として使用する権原を確保し、ひいては被告の所有する4の土地の所有権を保存するためのものであり、その域を超えて他人の権利、利益を侵害するものとは認められず、更には、右被告の行為が、前記1(二)の建築確認を留保させる原因をなしたものと認めることもできない。

むしろ、前記1(四)認定の事実によれば、文京区は、原、被告双方からの数回にわたる増改築工事の建築確認申請に対し、本件通路部分を建築基準法四二条一項三号所定の道路と認めてこれを許可してきたものと推認することができるのであり、この既成事実が、前記1(二)の建築確認留保の原因となったものと認めるべきである。そして、右について被告に責むべき点のないことは、前記1(四)認定の事実から明らかである。

なお、原告は、「被告は、昭和二七年六月ころ、動力用電線を引き込む際、本件通路部分が建築基準法四二条一項三号に該当する道路である旨虚偽の申告をして、その旨の認定を受け、これを根拠として前記1(二)の建築確認を妨害した。」旨主張し、原告本人の供述中には、右主張にそう部分もあるが、右供述は、被告本人の供述等に照し、にわかに信用することができず、他に右主張事実を認定するに足りる証拠はない。

3  被告が昭和四六年七月一四日通行地役権を被保全権利として原告主張のとおり仮処分命令を得てこれを執行したことは、当事者間に争いがない。

仮に、被告が本件通路部分について通行地役権を有していなかったとしても、右通路部分を通路として使用する契約上の権原を有していたことは、前記1(一)認定の事実から明らかであり、被告がこのような権原を有する以上、前記1(二)認定のような状況のもとにおいては、これを保全するため右のような仮処分命令を得てこれを執行しても、それが直に違法であると断定することはできない。また、前記2のとおり、建築確認留保の原因が建築基準法上の道路規制にあったことが認められる本件においては、右仮処分命令の執行の適否を更に論ずる必要はないものというべきである。

三  以上によって明らかなように、原告が主張する被告の不法行為は、これを認めるに足りる証拠がないことに帰着するから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川嵜義徳 裁判官 永吉盛雄 難波孝一)

〈以下省略〉

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